文化・芸術

世界のチェリスト、ヨーヨー・マはパブロ・カザルスを尊敬していた

http://www.epochtimes.jp/jp/2010/09/html/d26586.html

 世界最高のチェリストと謳われているヨーヨー・マはパブロ・カザルスを尊敬していたそうです。それを知って、私はこれまで以上に彼に心酔するようになりました。私は、カザルスが国連総会の会場で、確か母親から教えられた「鳥の歌」という曲の演奏を聞いて、本当に泣いてしまいました。

 彼が言っているように、音楽は人の心を癒すのです。それは本当の事です。私は本当に国連総会で演奏するカザルスを生の映像で見る事が出来たのです。そして、音楽がこれほど素晴らしいものかと改めて感動したのです。

 ヨーヨー・マがカザルスを尊敬していたとは今まで知りませんでしたし、それを知って更に彼を見直しました。

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マヤ文明には車輪を使用する技術がなかった?

 先日、ある本を読んでいて、ふと思い付いた事があります。この思い付いた事には、二冊の本が関係しています。

 一冊目は、今から約35年前、1975年4月に刊行された、「マヤ文明の神秘」 (エリック・ウムランド、クレイグ・ウムランド共著、高山信雄訳、佑学社:刊)という本です。思うところがあって、書庫から引っ張り出して読み返していたらこういう記述がありました。=アメリカ・インディオは車輪の原理を全然知らなかった、と我々は教わってきた。とくに、アステカ、インカ、およびマヤに関するほとんどすべての教科書に、これらの民族は「文明」を持っていたが、車輪は考えつかなかったと確かに書いてある。(中略)マヤ族が車輪の用法を十分知っており、それを利用するのに全然困らなかったという簡単な事実は、専門家たちがむしろ考えたがらない新しい問題をもたらした。

 つまり、マヤ族は車輪を使うことを知らなかったのではなく、使う必要がなかったのです。という事は、彼らは空中を自由に飛びまわる事ができ、重い物も何の苦もなく運搬でき、様々なテクノロジーを使いこなしていたという事です。

 この本の答えを、私は最近読んだ二冊目の本で知る事となりました。その本とは、ケイ・ミズモリ氏の著作になる、「超不都合な科学的真実」(徳間五次元文庫・2007年11月刊)という本です。

 この本の第十章、昆虫から授かった超最先端テクノロジー―――未知なるエネルギー“反重力”のメカニズムとは  という記述です。この章の冒頭に、「自然と動植物をこよなく愛し、芸術的才能にもあふれる多彩な昆虫学者が、自然界(昆虫)に存在する未知なるエネルギーを発見した。そのエネルギーとは反重力であり、彼は左の写真(省略)のように、ハンドルの付いたポールを板(プラットフォーム)上に固定した装置を利用して、自由に空を飛びまわっていたという。」

 この二冊目の本は、私を35年間悩ましていた、“反重力”の実用化の可能性を見事に証明してくれました。

 もちろん、それは「学問的に」という意味ではありません。マヤ族が反重力装置を使いこなしていた、という歴史的事実と、自然をこよなく愛する昆虫学者=グレベニコフとが見事に結び付いたのです。つまり、これは絶対真実であり、必ず近い将来実用化するであろう、という予感です。

 多くの人は信じることすらためらうでしょう。ですが、私は一瞬にして信じる事ができました。それは、ケイ・ミズモリ氏が最近の著書で紹介している「超不都合な科学的真実」=続編に掲載されている、シャウベルガーも自然をこよなく愛し、自然をとことんまで観察する事によって、様々な法則を発見しているからです。私はこの二人の自然科学者を信じる事ができます。特に、グレベニコフは、反重力のメカニズムを解明する事が出来ない、そのためこの反重力の事実の発見に貢献してくれた昆虫の種類と名称を公表する事が昆虫の絶滅につながる事を恐れ、彼が発明した反重力装置=プラットフォームもろともすべての資料を廃棄処分にした行為が正しかったと思うからです。

 最近、ようやくにしてパラダイムの大転換が起ころうとしている兆しが見えます。マヤ族が、人目を避けるようにして暮らし、数々の超テクノロジーを一切表に出すことなく、忽然として歴史上から姿を消した事(もちろん人種としてのマヤ人は現実に存在している)、そのマヤ人が2012年で現在の歴史のサイクルが終わると予言している事、それらが何となく正しいと思える昨今、このようなシンクロニシティが起こる事に言いようのない不思議さを感じるのです。

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アーサー・ケストラー「真昼の暗黒」再刊に寄せて

 私が青春時代を含めて最も影響を受けた人物が、アーサー・ケストラーです。まだ現代では、彼の作品は完全に評価され切っているとは言えません。一方で彼ほど毀誉褒貶が著しく、評価の分かれている作家も珍しい。

 しかし、この度、「真昼の暗黒」が岩波書店から完全新訳として再刊されたのは、大いに意義があります。残念ながら、訳者の中島賢二氏は翻訳終了後、2009年4月に本書刊行を目前にして故人となられました。

 本書の解説を執筆されたのは岡田久雄氏という人ですが、最後のページにこうあります。「ケストラー、そして本書は十数年、訳者がこだわっていた作家であり作品である」。 実は私もこだわっていた一人です。他でもなく、先にご紹介した私の小説「ヤヌスの陥穽」という本の、「ヤヌス」というのは、アーサー・ケストラーの「ホロン革命」原題「Janus」から取ったものなのです。

 ヤヌスとはローマの二面性の神の名です。その陥穽とは、二面性、すなわち二元性の落とし穴の事を指していたのです。我々はいま2012年の12月21日(奇しくも私の誕生日)のマヤ歴の終了日に向けて、苦難の歴史を刻一刻と刻み続けています。その意味するところの「陥穽」からの脱却こそ二面性(ヤヌス)の陥穽からの脱却に他なりません。それは、次元上昇=アセンションという事です。

 本書、真昼の暗黒に戻りましょう。この本は、スターリン時代のモスクワ裁判と大粛清を暴いた戦慄の心理小説です。私は、ソ連共産主義の欺瞞、その背景、ナチスドイツとの関わりに関心がありました。皆さんもご一読をお勧めします。少なからず知的好奇心を刺激される筈です。

 しかし、岩波書店は大出版社であり、保守的傾向は否めません。この本の最後にケストラーの著作とその業績の解説が書かれていますが、一つだけ欠けたところがあります。それは、宇野正美氏訳で刊行された「ユダヤ人とは誰か=十三支族・カザール王国の謎」という著作が省かれているのです。訳者の宇野正美氏は評価の分かれている人物ですが、そうかと言って、訳文がまったくの誤訳であるはずがありません。この本の内容は、全世界に衝撃を与えるものであり、ユダヤ人のいわばタブーに触れるものだからです。

 また、私はケストラーの多くの著作に啓発されました。先に述べた「ホロン革命」だけでなく、サンバガエルの謎(サイマル出版会:刊2002年岩波文庫から再刊)も面白い本です。「還元主義を超えて=68’アルプバッハ・シンポジウム」を主宰した記録も注目すべき作品です。

 彼は1983年、夫人と共にイギリス安楽死協会に共鳴して、自宅で自殺しているのが見つかりました。この本の解説に、最後まで人騒がせな人だった、とあります。しかし、さらに人騒がせなのは、ユダヤ人であったが故にユダヤ人のタブーを敢えて告発し、一説には暗殺されたのではないか、という噂まで付きまとうという、死亡してからも人騒がせな人物だったのです。

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スーザン・ボイルという歌姫

 最近、スーザン・ボイルという歌姫が、突然イギリスに現れ、世界を驚かせています。その歌唱について様々な評価がなされていますが、変わったところでは、マシュー君という既に逝去して何年も経つ人物からのチャネリングメッセージにも登場している事です。

 私は、音楽を、単に空気の振動だとは思っていません。空気の振動が音にはなりますが、音楽は空気の振動だけで成り立っているのではないと思います。それが真実であると理解できるのは、私が、音楽が何よりも好きであり、オーディオに興味があるからです。音楽でも、ロック音楽はだめです。つまり不協和音は嫌いです。

 音楽には魂が宿っています。歌姫スーザン・ボイルの歌唱は霊的波動そのものです。魂が宿っているのです。マシュー君が最新のメッセージで、スーザン・ボイルの歌を称えているのは、彼が実在の霊的存在である事を証明しています(ちょっと喩えが矛盾していますが)。

 私は、バッハに入れ込んでいます。バッハは神の領域に達した音楽家です。で、スーザン・ボイルが歌うバッハのマタイ受難曲を聴いてみたいのです。私の思いが彼女に伝わるでしょうか。

 つい先日、音楽評論家であり、オーディオにも造詣が深かった、黒田恭一氏が逝去されました。心からご冥福をお祈りします。私が氏のご逝去を惜しむのは、氏が真の音楽愛好者であり、でき得れば、スーザン・ボイルの歌唱を生で聴いて、その評価を聞きたかったからです。

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