« 菅首相、消費税10%案を6月に決定 | トップページ | 東電社員被曝線量、年間250ミリシーベルト超えか »

内閣不信任案提出、ギリギリの攻防続く

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011053001000424.html

 自公両党は6月2日の内閣不信任決議案提出に向けて協議を重ねています。これに対して、民主党執行部は否決に自信を見せ、一方では一年生議員に対し恫喝に近い圧力を掛けています。いまのところ、否決か可決かは予断を許さない情勢です。

 民主党内では、菅総理に対する外国人寄付金問題が浮上しており、菅総理自身のイメージも相当ダウンしています。今後どういう情勢なるか、ちょっとしたことで情勢の変化がみられ、雪崩現象が起きるかも知れません。

http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110530/plt1105301130000-n1.htm

http://www.the-journal.jp/contents/hirano/2011/05/57.html#more

|

« 菅首相、消費税10%案を6月に決定 | トップページ | 東電社員被曝線量、年間250ミリシーベルト超えか »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

我が国には、初等教育はあっても、英米流の高等教育はない。
だから、日本人は、「下士官兵は優秀、下級将校は普通、上級幹部は愚劣」の状態になっている。
目先・手先の問題は器用にこなすが、個人の世界観に基づいた国家百年の計は立てられない。

日本人には意思がない。
だから、意思決定ができない。
神の意思による災害は天災、人の意思によるものは人災。
意思という概念がなければ、天災と人災の区別も定かではない。
人の行動を納得できるものに改めることも容易ではない。

指導力は、指導者の社会意思の決定力である。
意思そのものがなければ、社会問題は指導者による解決を見ない。
「首相はオーケストラの指揮者だが、誰も指揮者を見ていない」ということは、一個人の意思に構成員が意識を集中できないことを意味している。
問題を解決する能力のない人たちが、事態を台無しにする力だけを持っている。だから、日本人の世の中は難しい。
問題を解決しようとしても、先送りと積み残しに終始する。なりゆき任せになる。
「そのうち、何とかなるだろう」ということか。

未来の内容が定かに考えられないと、起こる事態は想定外のことばかり。
目の前に事態が現われてからでは、その対策は後手後手に回る。
未来のことは、未来時制の構文の中で述べられる。
日本語には時制がないので、未来時制もない。
だから、その計画も場当たり的というか、行き当たりばったりになる。主体性がない。

日本人は、拙速主義である。場当たり的なトントン葺きの家づくりが得意である。
大ブタさんのわらの家をつくる。災害に強い小ブタさんのような煉瓦の家は作らない。
作る暇などないからである。
日本人は、過去と未来に挟まれたごく狭い時空の中で、あくせくと現実生活にのみ専心している。
精神を集中すると、その刹那も永遠のように見えてくる。
前後の見定めのない自分の話が永遠の真理を話しているような気持ちになるところが不思議なところである。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

投稿: noga | 2011年5月30日 (月) 15時36分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1217756/40192247

この記事へのトラックバック一覧です: 内閣不信任案提出、ギリギリの攻防続く:

« 菅首相、消費税10%案を6月に決定 | トップページ | 東電社員被曝線量、年間250ミリシーベルト超えか »