« 東北・太平洋沖大震災の地震だけの死亡者は20万人を遥かに超えるかも知れない! | トップページ | 「減税」躍進、民主は大きく後退! »

この未曾有の大災害の経験を基にして我々は今後どう生きて行くべきか

 今日はあまり注目はされませんでしたが、名古屋市の市議会議員の出直し選挙の投開票日です。この選挙でテーマになったのが増税か減税かという事です。

 昨日、自民党の谷垣総裁はこの大災害を乗り越えるため、増税もやむを得ないと思う、と述べたそうです。皆さんはどう思われますか。

 税を徴収するというのは、ある意味で国民に余計な負担を強いるものです。この大災害に際して今よりもさらに国民に大きな負担を強いる事が、妥当なものなのでしょうか。

 権力者というものは、つくづくカネは他人から集めるものだという発想から抜け出せないものだと思いました。

 この悲惨な大災害に際して、国民のあらゆる層から税金を徴収しなければ政治がやれないようなら、そんな政治家は追放するべきです。私はこの話を聞いて、谷垣氏はやはり大政治家ではないな、と思いました。

 話を元に戻しましょう。これから我々は復興のためにどういう想いを抱いて、どう生きて行けば良いのか。それは聖徳太子の時代から思いやりの心と助け合いの心を持って生きて行くべきだ、という事です。

 税金を徴収しなければ仕事が出来ないような小役人なんかはアテにするべきではないのです。どうせ税金は彼らの懐に転がり込むだけです。

 つまり、減税こそやるべき施策なのです。そうして足りなければ今こそ必要な財源を債券なり何なり別な財源を見つけ出し、どうしてもダメなら限られた予算の中で工夫を凝らして復興を目指すべきなのです。増税をしなければ仕事ができないような役人などアテにする必要はまったくありません。一時的な債務増加は何とでもなります。戦後の復興時に当たって、日本は文字通り何もありませんでした。それでも奇蹟的な復興を成し遂げて来たのです。 折から朝鮮戦争が起こり、その特需で助けられた面は確かに否めませんが、それが無かったからと言って、結果は復興が少し遅れただけで、日本の奇跡の復興は決して妨げられなかったでしょう。国民は借金をしてでも家を建て、車を買い、家財を整えて行ったのです。要は生きて行く希望さえあれば良いのです。

 むしろ増税によって余計な負担増を国民に強いたなら、一遍に国民のやる気を失わせ、復興は限りなく遅れたでしょうし、そもそも復興が成し得たかどうかさえ分かりません。増税により増えた税収は結局役人どもの懐に消えるだけで、庶民の為にはならないのです。

 復興に際して必要なのは、庶民のやる気と生きがいと生きる目的(愛)です。つまり、思いやりと意気込みと愛です。これを忘れたら元も子もありません。谷垣総裁の言った言葉は、国民のやる気と希望を萎えさせるものです。この政治家はダメです。

 今日の名古屋市議選の結果がそれを証明してくれるでしょう。

|

« 東北・太平洋沖大震災の地震だけの死亡者は20万人を遥かに超えるかも知れない! | トップページ | 「減税」躍進、民主は大きく後退! »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1217756/39216904

この記事へのトラックバック一覧です: この未曾有の大災害の経験を基にして我々は今後どう生きて行くべきか:

« 東北・太平洋沖大震災の地震だけの死亡者は20万人を遥かに超えるかも知れない! | トップページ | 「減税」躍進、民主は大きく後退! »