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民主も自民も消費税増税は本当に必要なのかの議論がなされていない!

 私は消費税増税は今の日本に本当に必要なのか、と問う議論があってもしかるべきだと思います。民主党の10%税は子ども手当を中心としたばら撒きを目的とした増税であり、自民党の10%税は使い道を変えた別な意味のばら撒き増税です。

 いずれの増税も果たして今の日本に本当に必要な増税なのか、疑問に思わざるを得ません。今の日本に必要なのはここまで落ち込んだ税収をいかに回復させ、施策に必要な経費をどう確保するかにありますが、落ち込んだ税収ばかりに目を奪われ、税の本質を見失っています。増税は本質的に景気を悪くし、デフレスパイラルを促進させるのです。

 ここは景気回復が第一の選択肢の筈です。増税すれば確実に景気は悪くなります。悪循環です。また、これまでの日本のように外需にシフトした輸出産業のみに重点を置いた景気対策では、輸出のみが増えても国内景気は冷え込んだままです。つまり、バランスが取れていないのです。アメリカはそのアンバランスの中に国内景気が沈没し、膨大な借金体制から抜け出せないでいます。

 逆に中国や日本は輸出のみにシフトした結果、外国の購買力が落ちれば必然的に無理な輸出が増えて産業構造に歪みが出てきます。今の世界各国の経済構造はこのように各国の相互の依存構造が複雑に絡み合っているのにも拘わらず、それをバランスよく組み合わせる努力を怠ったがために不景気が構造的に循環して金融危機を生じているのです。

 つまり、日本は内需拡大に景気回復のシフトを移すべきであり、雇用の回復もそれに連れて循環させなければなりません。要するに日本の不景気の根本は国内需要の減少が原因であり、それを無理に輸出を増大して解消しようとするところに様々な矛盾が生じているのです。

 その根本はアメリカによる戦争経済が行き詰まったためです。イラクやアフガンで膨大な戦費を浪費し、国内では国債を発行し続けて外国に借金を重ね、消費に次ぐ消費で景気を維持して来ましたがそれも限界にきたところに今回のリーマンショックやサブプライムローン問題が発生したのです。それがこれまで何の問題も無く可能だったのは基軸通貨としてのドルが計算上機能してきただけであり、何時までもそんな無理が利く筈がありません。破綻したネズミ講のようにいつかは廻らなくなるのです。

 今回の世界的な金融危機に伴う経済不安は一朝一夕には回復しません。それ以外に簿外で処理された莫大な負債勘定が存在するのです。これはデリバティブと呼ばれており、既に天文学的数字に上っています。これをそのままに世界経済が維持できる訳はないのです。

 いずれにしても、短期的には日本は輸出依存を改め、内需主導型に国内経済を主導し、国内に消費力がない現状は短期的に国が強制的に財政出動をして消費を生み出す努力をしなければ景気は上向きません。雇用もしかりです。それを無理に増税ばかりに頼って税収を増やそうとするからますます景気が冷え込むのです。そんな事は理の当然です。

 更に進めるべきは世界的な景気の構造改革を行うべきです。現在のように中国や日本だけが輸出を増やして景気を維持しても、歪みが増加するだけであり、貧困国はますます貧困になり、アメリカのように戦争が常態の国は赤字がますます増えて回復不能になります。

 結局とどのつまりは全世界的な経済の破綻にしかならないのです。今のようにそれを国内問題としてだけ捕え、増税で解決しようとしているところに矛盾が生じているのです。ここはもう根本的には世界経済を一度リセットするしか方法はあり得ないのです。誰もその事を言いだす人がいないところに、問題の本質があります。繰り返します。もうリセットしか解決方法はありません。

 もう一つの日本の施策の問題点は、何でもアメリカ主導一点張りの政策にあります。アメリカに文句一つ言えないのです。その典型が普天間問題です。もうそろそろそれを改めないと日本は世界中から見放されます。米軍基地だけが必要だと騒いでいる間は、日本の自立した経済政策も実施不可能です。

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