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悪銭は身につかない

 今日から2010年度の始まりです。何かと物事にはけじめが必要な時ですが、お金にもその事がいえます。昨日のネバダの記事にはその事が如実に実例として挙げられています。1900年代の初頭、ウルトラ・ハイリリーフ金貨が鋳造され発行されました。これは発行後100年以上経過しても大変貴重な金貨として珍重され、なかなか手に入らないものとして富裕な人々の憧れの的になっているという事です。

 蛇足ながら、表題に掲げたのはアメリカの作家、E・S・ガードナーという人の推理小説の題名です。実に思わせぶりな名前です。

 さて、世の中にはお金に纏わる様々な言い伝えや諺が残っています。例を挙げるいとまもないくらいです。例えば「一銭を笑うものは一銭に泣く」などその代表でしょう。

 きのうのネバダの記事にあるように、この金貨が一種のお守りである、という事例もその典型的なものです。大金持ちにとって見ればたった3枚の金貨を売っただけで全財産を失うようなことはまず有り得ないと思う筈です。たいていの人はこのエピソードは一種の警告である、と思うのではないでしょうか。

 ですが、私はそうは思いません。考えても見てください。永い世界の歴史の中で金持ちと貧乏人の栄枯盛衰ほどあからさまなものはないからです。これは考えるとお金そのものの性質である、とさえいえると思います。

 では、お金には流れて止まぬ流動性そのものしかないのか、というと、それもまた真実を捉えてきっていないような気がします。お金というものは使用法さえ間違わなければ人を幸せにする実に便利なものだからです。

 たった3枚の金貨を売り払ったばかりに全財産を失ってしまった、というのは皮肉でもあり象徴的です。これは何かを表わしているような気がします。いずれ世界はこのように金銭に弄ばれる時代を晴れて卒業し、名実ともに正当な価値観を創造する時代が到来するでしょう。たった3枚の金貨を売ったばっかりに、自分の全財産を失う嵌めに陥るのは馬鹿げています。もちろん失う嵌めに陥るにはそれなりの理由があったのでしょう。ですが、いかなる理由からにせよ全財産を失うということは大変不幸な出来事です。そういう些細な出来事に人生を左右されなくなる時代がもうすぐ到来します。期待して待ちましょう。 

http://blog.livedoor.jp/nevada_report-investment/archives/2539119.html

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コメント

いつもありがとうございます。

お金ってなんでしょうね。

ひとつの手段として存在するのに、人間が勝手に憎んでみたり溺愛してみたり。


お金さんからしたらいい迷惑かもしれませんね。


今の世界ではお金は必要ですし大切に扱うものだと思っております。

そして手元のお金さんには、有意義な事へ出かけてほしいと思います。


ですが一方で貨幣システムにがんじがらめにされた自分の思考は、
少し整理する必要があると思いました。

そしてますます自給自足を進めてゆこうと思います。


ありがとうございます。

投稿: 花 | 2010年4月 1日 (木) 16時02分

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