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一葉落ちて天下の秋を知る

 お早うございます。今朝起きたら、シトシトと雨が降っていました。いつもの8月15日とはまったく違い、異常です。

 諺に、「一葉落ちて天下の秋を知る」というのがあります。既に時は立秋を過ぎていますが、この言葉が実感として現われている象徴的な出来事が先日ありました。郊外にできた大スーパーのショッピングモールの客の入りが徐々に落ちて来ているのだそうです。

 昨日書いた記事に、早速読者からこの事を指摘するコメントが別のメールで入りました。消費者マインドがやはり確実に変化してきているのです。

 昨日の記事には続きがあります。かのアナリストの現状分析、それはスゴイものでした。見事なカラー印刷を駆使した数字と棒グラフ、折れ線グラフのオンパレードです。一種の芸術かと見間違うほどです。

 でも、私はこの分析を見て、瞬間思いました。いったいこれは何を表しているのだろうか、と。そして、これは人間の思考能力の固定化(マンネリ化)と頽廃を表してはいないだろうか、と。

 経済現象は、人間の活動の一部分を現わしています。ですから非常にダイナミックです。描かれたグラフや図表にはそれが見事に表れています。しかし、それらはいずれも過去の分析結果に過ぎません。これから先に起こることを決してr示してはいないのです。それは病院で良く使われる心電図と一緒です。すべて結果論です。

 医者の診断はこの結果論を基にしています。ですから、つい先日もあったように死んだ人が生き返るなどという事はあり得ないのですが、現実には死んだ人が棺桶の中から出てくることさえあり得るのです。

 もっと極端な事を言えば、突発的な戦争は、あるいは、リーマンショックのようなダイナミックな事件や出来事は予測不可能なのです。いくらグラフや図表を分析しても、そこから先は人間のマインドで補わなければ予測はできないのです。アナリストはその陥穽(わな・落とし穴)に落ち込んでいます。私がアナリストの能力を判断する時の基準に、その人の感性を見ようとするのはそのためなのです。世評で評判の良いアナリストはこの点ですべて失格です。なぜなら、優れた分析者はマインドなどという数表などの分析にかからない曖昧模糊としたものを嫌う傾向にあるからです。

 しかし、人々の心理は常に敏感に動いています。いま多くの人々はスーパーなどの大規模店舗を敬遠する傾向になっていますが、それはスーパーに行かない事を、必要なものしか買わないため(無駄な出費をしないため)の安全弁にしているためなのです。より身の丈に合った生活を志向しているためだといえます。

 それはグラフや図表には表れにくい消費者のマインドです。必要なものを必要なだけ購入する、それが現代人のトレンドになりつつあります。

 いずれ近いうちに貨幣経済は終焉を迎えます。私はその事を実感し始めました。人々は消費という行動が持って来た「欺瞞」と「虚構」に気が付き始めたのです。「必要なもの」を「必要なだけ」「必要な時に」購入する、これを実践されたら市場の無駄な消費はたちまちのうちに姿を消し、市場そのものが今の規模の数分の一に縮小するでしょう。そして、これが徹底してくればテレビの広告宣伝はなくなり、新聞ラジオテレビの広告媒体はやがて消滅します。そして、世の中はお金を使用する時代からお金の必要がなくなる時代に完全に移行するのです。「一葉落ちて天下の秋を知る」とはこの事を如実に表しています。

 結論を言いましょう。貨幣経済はいわばダマシのシステムです。人間(庶民)をお金に縛り付けて隷属状態にしておくための手法なのです。その事に人々が気が付き始めました。これは、人間の大いなる目覚めの始まりです。恐れないで前向きに生きて行こうではありませんか。

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