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未来の政治家

 家に帰って来て、さっきの続きを考えていました。新しい時代にはどのような政治家がふさわしいのか、と。で、よくよく考えていたら、そもそも政治家になろうとする事こそ、おかしな話なのです。そうではなく、政治家も自分でなろうと希望するのではなく、社会の片隅でコツコツと日の当たらない仕事でも陰日向なくこなす人、こういう人こそ未来の社会を任せるにふさわしい人ではないかと思い当たりました。

 つまり、政治家になって日のあたる仕事をバリバリこなそうとする事が意味があるのではなく、人に知られることなく余り人のやりたがらない仕事でも文句をいう事なくこなせる人こそ政治家にふさわしい人であって、要するにどんな仕事をしようが仕事の内容によって価値が決まるのではなく、またどんな仕事にも上下はない、という事です。

 考えれば当たり前のことです。なぜなら、将来は、金儲けをして金持ちになるだとか、有名になるとか、偉い人とか、そういうのはまったく意味のない時代になるのですから。政治家に向いた人も、汚れた仕事を平気でこなせる人も、身分の上下はあり得ず、みな平等なのです。

 ですから、政治家になろうという人は却って政治家にふさわしくないかも知れません。それが未来の選挙制度の基本になるでしょう。最近の選挙戦において、小汚い人間のアラの探しあいを見るにつけ、早くそういう時代が来る事を願わずにはいられません。

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