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ミクロ経済学とマクロ経済学(3)

 デパートの売り上げが極端に落ち込んでいます。統計をみると前年同月比-12%以上の落ち込みです。この数字は平均値であり、都会の繁盛店と地方の不況地の閉店検討をしている店舗ではもっと大きな開きがある事を考慮に入れなければ実態はつかめません。昨日は週末の金曜日の、それも閉店間際の混雑する時間帯でしたが、デパ地下で食料品を買おうと思って訪れると、それでも多くの店が閑散としていました。弁当などはほとんど2~3割引でも売れている様子はありません。客よりも店員の方が多いくらいで、これで商売になるのかなあ、と心配になったくらいです。

 不況はとみに深刻になって来ており、政府が言うように景気は底を打った、とか消費は持ち直しつつある、といった楽観的な見方はいったい何を根拠にしているのか、と思いたくなります。アメリカでは消費が落ち込んでからすでに時間的に長くなり、その分かえって国民の貯蓄率が上がっています。感覚でいえば、住宅や車などの大型消費のバブルは終わっているのです。平均的なアメリカ人は、今までのような消費礼賛の生活が異常である、と気づき、これではいけない、と180度方向転換して、カードでモノを買うのをやめ、現金で、かつ堅実に消費しようと心がけを変えて来ているのです。大衆のこのような消費マインドの変化は一人ひとりの変化率は小さくても、全体を合わせれば膨大な数になります。

 消費が落ち込むと何が起こるか。次に起るのは生産の縮小です。そして、企業の倒産・廃業です。これにより雇用が縮小し、失業者が増えます。そして、最終的に多くの人が職を失い、収入が減少し、生活に困窮します。結果的に何が起きるかというと、社会不安が増加して、戦争が起きる可能性が高くなるのです。過去の幾度かの大戦争もこのような経過をたどって起きています。実に危険な兆候といわなければなりません。

 単に消費が減った、くらいに思っていると、大きな勘違いが起きるのです。アメリカ人が消費を抑え、貯蓄を増やし始めたのは、堅実に生活をしなければ、いずれ自分たちの生活が脅かされようになり、足元が崩れる事に気がついたのです。一人ひとりの生活はそれが本当で、これまでの消費万能の生活が不自然であっただけです。しかし、多くの人がそういう生活に動き始めると、社会はたちまち一変します。短期的な好況・不況の波を超えて、生産と消費のサイクルがまるで一変してしまいます。いまのデパートの販売不振は一時的なものではあり得ません。人々の生活態度が根底から変わりつつある兆候なのです。この事は、一朝一夕で変化するものではありません。そういう意味で、いま政府がやろうとしている、エコカー減税やエコポイント活用による消費拡大策は、社会の動きに逆行し、その自然な基調を無視した、ほとんど意味のない政策なのです。これでは永続どころかまるで線香花火のようにはかなく消え去る消費に終り、国民の大切な税金である国家予算のまるで意味のない膨大な無駄遣いに過ぎなくなるでしょう。

 まったく勘違いしているのです。人々は人間本来の健全な生き方を模索し始め、従来のモノを消費するだけの無駄遣いをおかしいと思い始め、何が正しいのか、生き方を根本から変えようとし始めているのです。こんな時に意味のないエコカーや電気製品の買い替え促進政策などで消費だけを拡大しようとする事は、実に馬鹿げています。もっと他にやるべき方策があるのです。いろいろな意味でいまの日本政府の政策はトンチンカンで間違っています。こんな政府をいつまでも支持していたらいずれ早晩日本は破滅します。

 重要なのはミクロ経済とマクロ経済の意味の違いを多くの人々が認識し、誤りを是正しなければならないのです。やがて来るのは、資本主義経済の平穏な終息であり、人間本来の自然な生き方の追及なのです。消費礼賛は資源の浪費と戦争にしか繋がりません。このような生き方は、一部の闇の勢力が画策した、人間奴隷化計画の側面に過ぎなかったのです。各国の中央銀行とマネーシステムの陰謀はもはや崩壊に直面しています。そして、これは危機ではなく、新しい時代の夜明けなのです。

 これはいずれお金の使用が終了する時代が来る事を意味するのですが、まだまだほとんどの人が、ピンと来ていないようです。ミクロとマクロの経済学の違いというものも、よく考えればすぐ分かることなのですが、その理屈がゴチャゴチャになって混乱しているようです。当の麻生総理がその典型です。国の借金など返す必要はないのです。なぜ私がこんな事を書き始めたかと言うと、資本主義経済が崩壊し、社会が大変革を起こす時、そのまま放っておいたら、大混乱を来すからです。

 全宇宙的規模で想像するなら、もう既に今では貨幣経済は存在していないと思われます。また、もしかしたら、貨幣経済の経験すらないのかも知れません。彼らには、貨幣経済から貨幣に基づかない社会への移行に伴う混乱を避ける手法は持っているでしょう。しかし、直ちにこのまま地球の現状に即して、混乱なく貨幣経済を無事終了させることができるのか。宇宙レベルで見れば極めて遅れた文化程度でしかない地球で、異例ともいえる特異な資本主義経済を作り上げ、発達させた、地球人類が、何の混乱もなく進んだ宇宙文明に溶け込めるのか、甚だ疑問です。地球人にとって、貨幣経済を変える事は、一種のカルチャーショックになるのではないかと考えられるからです。

 このため、一部の人たちがまったく新しい時代に馴染めず、みすみす古いパラダイムのまま取り残されて、従来の闘争と、混乱の中に身を置かざるを得ない、としたら、それは大変な不幸であり、たとえ高次元に進化する特典を与えられたとしても、置き去りにされる人に対して、私は何かしら不公平さを感じざるを得ません。つまり、いかにスムーズにお金の使用を終わらせ、貨幣経済から、新しい宇宙文明に移行できるか、これが現人類に課せられた大切な使命ではないかと思うのです。もちろん一人ひとりの自由意思は尊重されるべきで、今のままが良いという人はそれはそれで結構です。

 また、重要な事は、考えられる混乱時に、心がけの良くないヤカラは、混乱に乗じて多くの無知な人々を騙す手口を巧妙に使うかもしれないのです。この点を多くの人々は理解しなければならないと思います。

 きたるべき人類の黄金時代は、反面、非常な混乱期を乗り越え、多くの克服しなければならない課題を解決してこそ迎えられる、極めてリスクの多い大変動の時代でもあることを覚悟すべきです。

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