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ミクロ経済学とマクロ経済学(2)

 もうすぐお金の時代が終わります。今日その事に関して、私の知り合いと話しをしていて、ふと気付かされた事があります。もうすぐお金のない時代が来ます、と言ったら、その人がすかさず言った言葉は、じゃ、どうしたら人間は生きて行ったら良いんですか、と。

 私はその時、はっとしました。そうなんだ、人々はお金が無くなったら生きて行けなくなる、と思い込んでいる、と。で、私はこう言い直しました。もうすぐお金が必要でなくなる時代が来る、と。そう言いますと、その人は、ああ、それなら分かる、必要なものを買うのに、お金が要らないなら、それに越した事はない、と。

 つまり、そういう事なんです。何もお金に苦労したくはないが、お金がないと生きては行けなくなる、人々は絶対的にそう思い込まされてこれまで生きて来たのです。私が思い至らなかった落とし穴がそこにあった訳です。

 ですが、生きて行くのにどうしても必要だと思い込んでいたお金という存在は、とんでもない不幸を私たちに負わせて来たのです。これは、お金というものの持つマイナス面だ、とわれわれは信じてきました。そのマイナス面さえ克服する事が出来れば、われわれは平和に、かつ幸福に生きて行ける、と信じて来たのも事実です。

 ですが、この事こそわれわれが持ち続けてきた最大の誤解なのです。それは、お金という存在そのものが、われわれに不幸をもたらす働きをするものだからです。それをもっと具体的に言いましょう。アメリカの作家でドキュメンタリー・フィルム・プロデューサーのエドワード・グリフィンという人が書いた、「マネーを生み出す怪物」という本の帯裏にこう書かれています。●マネーとは壮大な幻想であり、実体は債務、借金である。●不換紙幣そのものが、バブルの崩壊や、「隠れた税」であるインフレを生み出す。●戦争が恒常化したのは、中央銀行と不換紙幣を通じて軍資金が簡単に調達できるようになってからだ。●金利はすべて人間の労働で支払われ、不換紙幣を創っている人々の懐に入る

 また、ドイツ人エコノミスト、ヴェルナーは、公務員でもなく選挙も経ない個人が、一国のマネーを支配して日本経済を動かし、一切の説明責任をもたない、これが日本銀行の行き過ぎた独立性の秘密である、と言っています。

 これらの人々の言葉は、日本人であれば聞く耳を持たなければならない至言ともいうべきものですが、残念ながら私たちの耳にはほとんど届いていません。グリフィンの著書は、倒産した草思社から発行されていました(この本そのものはまだ在庫があるはずです)。また、ヴェルナーの「日本銀行24の秘密」という本は、発刊と同時に販売が妨害され、ついに書店に一冊も並ぶことなく書棚から消えてしまいました。

 このように、銀行制度に関する重要な書籍は意図的に抹殺されてきたのです。有名な話しでは、ユースタス・マリンズの「民間が所有する中央銀行」という本は、もともとの企画者、エズラ・パウンドが、投獄されたうえ、精神病院に送り込まれています。

 多くの人が「中央銀行」であるFRBについての著書を企画しましたが、日の目を見たのは先ほど取り上げた、グリフィンの「マネーを生み出す怪物」と、マリンズの「民間が所有する中央銀行」くらいです。

 私は、このうち、グリフィンの著作に啓発されて「ヤヌスの陥穽」という、ミステリー風の小説を書いたのです。(続く)

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投稿: リッチ | 2009年6月19日 (金) 22時37分

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